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2006/03/30
初のナンプレ世界大会、開催! 土肥編集長による緊急レポート

2006年3月9日~11日、イタリア中部の古都ルッカで開催された、世界で初めてのナンプレ国際大会。
日本は、全日本パズル選手権優勝者を中心にメンバーを選抜、不肖編集長もキャプテンとは名ばかり、ツアコン兼へっぽこカメラマンとして参加してきました。なんと世界22カ国からやってきた85名がナンプレを解きまくる。ついでに各国の報道陣も大集合で、世界的ブームをしみじみ実感。いやー楽しかったですよ!!!


選手権ナンプレは、『ナンプレファン』『ナンプレファンSpecial』に掲載するので、ぜひ挑戦してください。


1st World Sudoku Championship
Lucca, 9-11 March 2006

日本選手団、左から、
西尾徹也さん(東京都・51歳・パズル作家)
青木真一さん(愛知県・28歳・パズル作家)
円田洋一さん(東京都・40歳・大学講師)
土肥由美子(東京都・ふふっ?歳・パズル編集部編集長)

公式サイトには、大会に出題されるパズルのルールと例題を載せたブックレットがアップされ、選手は各自プリントアウトして準備。行きのヒコーキの中では、出題の傾向と対策を研究しつつ、ミラノまで12時間連続、驚異のナンプレ解き。ピサへの1時間のフライトも無駄にしません。

開会前のひととき、選手たちと長旅&時差疲れをルッカの街で癒やした。斜塔のピサからは約20Km。開催地のルッカは戦火にあったことがないのが自慢で、周囲4.5kmの城壁に囲まれた街は、ちょうど歩き回るのにいいサイズ。

中世の街は迷路のように道が入りくみ、いたるところに教会がある。映画の主人公になったような気分。古い教会も絵画も、プロシュートやサラミもいいけど、ランチでは、ピザ生地をただ焼いたものが出てきてすごく美味しかった。どんどんお代わりして食べているところ。

開会パーティで、セルビアの選手たちと記念撮影。ちなみに参加国は、ベルギー、クロアチア、チェコ、デンマーク、エストニア、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、オーストリア、インド、日本、フィリピン、ポーランド、スロヴァキア、スイス、オランダ、トルコ、アメリカ、イングランド、セルビア・モンテネグロ、ベネズエラの22カ国。

イタリアにもたくさんのナンプレ本がありました。小ぶりな街にふさわしい小ぶりな書店に平積み。フランスやドイツ、トルコチームからのお土産雑誌も混ぜて記念撮影。バラエティ系もあれば、ナンプレの解き方解説本なんかもあり。

大会にお揃いのTシャツで参加する国も多く、写真はトルコチーム。私の、いやいやナンプレマニアの心をくすぐる、なかなかお洒落なTシャツよね。ネットで行われたトルコ国内予選には、日本人も結構参加。成績上位者に名前を連ねたりしていた。

会場はホテル・グイニージの大会議場。自由席方式。でもって隣とのさかいには、紙を立てます。「スリー、トゥー、ワン。ゴー!」のかけ声でスタート。
1日目、全8ラウンドで計38問を解きまくる。各国のTVクルーのカメラも回りっぱなし。

フランススタッフの撮影。日本イメージの強いナンプレのせいか(※末尾コラム参照)、仏産パズル誌のマスコットキャラ込みで特撮中。ゲイシャ、フジヤマの時代から、トホホな日本イメージは変わらずってとこかな。

第5回全日本パズル選手権の優勝者、円田洋一さんは31位でした。本業は数学の大学講師ながら、日本と世界選手権でのサポートをしていただいております。なかなか良い出題と感心しつつ、限られた時間で解くのは大変としみじみ。

青木真一さんは、初日堂々の4位。全日本パズル選手権の常勝者であり、世界パズル選手権でもその実力はつとに知られていたけど、惜しまれつつ、解き手からパズル作家への道を歩んでおります。久しぶりに選手として参加、すごく楽しかったって!

70%の選手は30歳以下のなか、奮闘する西尾選手。取材の某通信社ローマ支局のひとから「初老の日本人が選手権を報じるテレビニュースに映っていた」と聞き、日本チーム大笑い。高齢化社会を迎える日本、西尾さんにはぜひ中高年の星になってほしいものです。

出題は、オーソドックスなナンプレの早解きもあったけど、メインは難問ぞろいのバラエティナンプレ。対角線、幾何学、サム、1つ違いなど、『ナンプレファン』でおなじみの面々も。実は、結構『ナンプレファン』を研究していたらしい。

西尾さんは9位で、ぎりぎり翌日のプレーオフ出場を決めた。その成績をチェックしているところ。左はイタリアの選手、ガブリエル。ベニス在住で、日本語を勉強したことがあるという。西尾さんを尊敬する彼、カタコトの日本語で我がチームをフォロー中。

2日目はファイナル。上位9名が衆人環視のもとで1問ずつ解き、1人ずつ脱落するシステム。日本パズル界の顔として、世界のメディアは、西尾徹也さんに大注目! イタリアの新聞でも、「世界的スター」「並々ならぬ芸術家」「一番有名な天才的日本人」等、様々な形容詞で語られていたのだ!

候補の数字を入れずに、沈思黙考で解くスタイルの青木選手は第6位。ギャラリーとしては、どきどきでした。プレーオフ3問目では、ただひとり正解。いろんなタイプのバラエティナンプレが出題されるので、出題順によっても命運が分かれるところ。

1問15分、ギャラリーも時計をにらみつつ、とても緊張。4位決定戦は変形幾何学ナンプレで、アメリカのトーマス青年以外はみな1つしか数字が確定せず、3人が同点だった。同点の場合は、前日の成績により順位が決まるシステムで、惜しくも西尾さんは4位に。

お絵かきロジックの考案者としても、欧米でもつとに名高い西尾徹也さんは、取材攻勢を受けっぱなし。「なぜナンプレに人々はのめり込んだのか?」「その面白さの秘密は?」などと矢継ぎ早、日本語でも答えにつまるような質問ばかりで、ちょっと閉口。

右から、プレーオフ3位のウェイ・ファ、2位のトーマス・スナイダー(2人ともアメリカ)。彼らの持つ筆記用具に注目。今回の全日本パズル選手権、予選突破記念のオリジナルシャーペンと同じもの。西尾氏ご愛用のペンを、敬意を表して彼らは使っていました。

女性チャンピオン、ヤナ・ティローバさん。チェコのエコノミスト(経済学者)で馬術を愛する31歳。今まで世界パズル選手権で女性が入賞したことはなく、日本がトップじゃなくて残念な気持ちと、嬉しい気持ちが半ば。ヤナの左は、ナンプレを世界に広めたウェイン・グールド氏。※末尾コラム参照。

プレーオフで、8位だったチェコのバビロン選手と記念撮影。この建物はルッカ県庁で、ここのホールで表彰式が行われた。ともに戦った(解いた)同好の士ともお別れのひととき。実は来年もルッカで開催されるかもという情報も…。皆さま!ナンプレの腕を磨いておいてくださいね。


【おまけコラム】ナンプレ/Sudokuの由来
世界ではSudoku(数独)、日本ではナンプレ。同じパズルなのになぜ名前が違うのか、ご説明しましょう。
1980年代はじめ、西尾徹也さんがアメリカのクロス誌で、コレは面白いと見付けたのが、Number Place。これをより面白く美しく自作、つまりロジックの厳密性を高め、数字を対称に配置して新作を作り、本家に敬意を表し「ナンバープレース」という名前で雑誌『パズラー』に掲載した。それから早20年、もっと面白く難しくと、合体・大型・バラエティなど、日本のお家芸として、ナンプレは独自に発展していった。1998年には、専門誌『ナンプレファン』を創刊。他社も追随し、一気にナンプレ人口が増えた。
一方、ニコリというパズル出版社では同じパズルに数独(数字は独身に限る)と命名。主にシンプルなナンプレを広めていった。そして世紀末、パズルの面白さもさることながら、その“スドク”というエキゾチックな響きが、来日したパズル好きウェイン・グールド氏の心を捉え、パソコンでSudoku(スドク)作成ソフトを完成させると英国の新聞に売り込み、2004年11月から掲載が始まると、一気に欧米に広まっていったのだ。ファンが増えれば、バラエティナンプレの需要も増える。それらの考案者として、パズルマスター西尾徹也さんの名前も知られていったようです。といっても、もともとお絵かきロジックの考案者として既に知られていたワケですが。
しかし、今回イタリアでも、「ナンバープレース」という名前ではこんなブームにならなかっただろうと言われ、複雑な気分でございました。思い起こせば、九ちゃんの「スキヤキ」(「上を向いて歩こう」の海外での曲名)と同じかと…。

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